第67回日本胸部外科学会定期学術集会報告内容

開心術後の深部胸骨創感染、抗菌薬術野スプレーが発症を抑制


大澤 宏

縦隔炎など、開心術後の深部胸骨創感染(DSWI)は、セファゾリン(CEZ)とゲンタマイシン(GM)の術野スプレーにより、発症を有意に抑制できることが分かった。過去約20年間の開心術患者約7,000例を対象とした多施設共同レトロスペクティブ研究によるもの。医療法人積仁会島田総合病院(千葉県銚子市)心臓血管外科部長の大澤宏氏が、第67回日本胸部外科学会定期学術集会(9月30日~10月3日、会長=九州大学大学院循環器外科学教授・富永隆治氏)で報告した。

他の投与法で見られる問題点がない

縦隔炎や胸骨骨髄炎といったDSWIは、今なお開心術後の合併症として重大な問題だ。発生率は1%前後の報告が多い。死亡率は50%近い。死亡を免れても治療に苦慮することが多く、入院期間は延長する。疼痛などにより患者のQOLも大きく低下する。効果的な予防対策が強く望まれている。

大澤氏によると、周術期の抗菌薬静脈内投与に、胸骨への局所投与を併用する方法は従来試みられてきた。例えば、バンコマイシン(VCM)の胸骨擦り込み法により縦隔炎発生率が3.6%から0.45%へと著明に低下したことが1989年に報告された。また、今年に入って、VCMの全身・局所投与と厳格な血糖コントロールにより、胸骨創感染を100%予防できたとする成績が明らかにされた。
GMを含ませたコラーゲンスポンジを胸骨下に留置する方法も検討されている。2012年の報告で、DSWIが3.52%から0.56%へと有意に減少した。
効果ありとする報告が見られることから、米国胸部外科学会(STS)は2007年のガイドラインで、抗菌薬局所投与をclass ⅡBながら推奨した。ただし、上記の方法には問題点もある。VCM局所投与は、局所残存VCMにより血中濃度の高い状態が続くため、耐性菌の発生が危惧される。術後胸骨癒合不全の問題もある。GMコラーゲンスポンジは手術開始直後には使用できない。これに対して、同氏らが行っている術野スプレー法は、他の2法で見られるような欠点がない。すなわち、手術開始時より実施でき、耐性菌の心配がなく、抗菌スペクトラムや術後胸骨癒合不全の問題もない(表1)。

DSWIが非施行群の約4分の1に

大澤氏らは1998年から術野スプレー法を開始した。2000年までに実施した5施設の計約2,600例で、深部手術部位感染(SSI)を0.5%に抑えることができた。米国疾病管理予防センター(CDC)ガイドラインのアップデートに相当する2011年のAnnals of Surgeryの論評では、この成績をまとめた2001年の報告を引用し、局所投与は手術手技中を通じて行える方法が望ましいことを提言している。

同氏らは今回、2013年8月までの6,960例で検討した。まず、5施設の心臓外科手術で術野スプレーを行った6,274例と行わなかった686例でDSWIの発生率を比較した。スプレーは、CEZ 1gとGM 40mgを生理食塩水40ccに溶解し、シリンジに吸引後、フィブリン糊スプレー器具を用いて、術中に数回、少量ずつ術野に散布した。その結果、スプレー施行群のDSWIは0.46%と、非施行群の1.7%に比べて約4分の1にとどまり、有意差が認められた(表2)。

さらに,3施設で術野スプレーを行った3,019例を対象に,DSWIの危険因子を検討した。すると,透析,長時間手術が有意な危険因子になることが分かった。糖尿病,緊急手術は有意ではなかった。

同氏は「われわれが行っている術野スプレー法が抗菌薬局所投与において最も優れているのではないか」と話している。